albusが一人歩きし始めた。おいおいちょっと待って。
ニュートラルな場所にしたいと思っていたのに、いつの間にか偏った考えを持っているんじゃないかと考える。「albus=白」という意味を持っているから、時々に色が変わってしまうのかな。
居心地が良い場所、商売が成り立つということ、伝えたいことって何だろう....オープン2ヶ月、また振り出しに戻るこの頃。
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夜中
トレネ(隣接するデリとバル)が夜2時まで開いているからか、つられて遅くまで仕事をすることが多くなった。私が遅くまでやってるもんだからトレネのお客さんも見かねて、「早く帰りんしゃいよ」と声をかけてくれる。みんな家族みたいに。
まだまだメニューも少ないし、やりたいこともちょっとずつしかできてないけど確実に何かが見えてきた気がする。今あるニーズと自分がやりたいこと、子どもたちへ向けて発信したいことなど思いつくままにノートに書き出し、また0に戻り考える。
グッドなタイミングでインターンのYちゃんがやってくる。
もっと写真を学びたい、とメールで連絡をくれたYちゃん。初めての出会いにお互い少し緊張しながら夢を語る。やわらかないい時間。Yちゃんが学ぶ事を私も学ぼう。
FUJIFILMのラボアドバイザーの女性2人が博多と大阪からやってきた。2日間の研修を受けてパワーアップ。共(友)にさせていただき、なんだか友情も芽生えた気がした。
写真は紙ではなく、記憶や思いそのもの。目に見えないものを形にする仕事をしているのだから、きっちり基本を学ばなければならない。そして清掃。朝と夜、丁寧に機械を洗い、記憶と記録を整理する。
整理をしながら明日のことを思う夜中。
やはり
写真屋って儲からない。わかっていて始めたのに、やはり。
お客さんから心配してもらったりもして、あ〜支えられてるなぁと思う。
自立しなければ。
オープンして20日が過ぎた。既にいろんなお客さんに出会っている。
しかも今日は一ヶ月前に告知した、「インターン募集」に声をかけてくださった方がいる。
写真でつながるっていいな。
—
保育園の依頼で、一年間のアルバムを作りたいという連絡があった。
CDにして保存しておきたい、という園の依頼だけどどうしても薦められない。CDはいつか開けなくなるし、見なくなる。紙のアルバムで残してあげたいけど、どういうものを提案すべきなのか。先生方の負担も少なく、買って残してあげたいと思えるもの。
どんなアルバムがいいのか...ここ数日そればかり考えている。
オープンの気持ち
オープンだというのに、2度寝をやっちまった。
もちろんオープンには間に合ったけど、予定の入り時刻より3時間も遅刻。(7時入りの予定だった)こうなるともう笑うしかない。
しかもオープン当日に電気工事。商品はまだまだすかすか。
そんな中、ふわふわとオープンしたアルバス。(ふわふわしているのは自分だけか)
言葉の意味から言えば、「白」から始まるわけだから、ひとまず箱(お店)と自分が居て、プリントが焼ければいっかと開き直り、以外と落ち着いている。
さらにオーナーが追い打ちをかけるように「がんばらなくてもいいから愉しみなさい。一人なんだから焦らなくていい。自分の色を出しなさい」と言葉をいただく。
もう何とも言えない思いで心がいっぱいになった。
初めてのお客さんが来た。
会ったこともない方なのに、「おめでとうございます」と声をかけてくださり、かわいらしい花束をいただいた。
なんだか夢見たい。
風の便りで「一年も前から噂を聞いていた」と言われ、一年前はまだ私の頭の中だけのことだったはずなのに...とびっくり。
そしてまたお客様がお客様を呼んでくださり、2人目のお客様。
つながっていくんだなとなんだかうれしい一日だった。
明日はどんな人に出会えるのかな。
プレオープン
昨日のレセプションを終え、今日はトレネのプレオープン。
大勢のお客さんがきてくれた。
数えきれないくらいのお花に囲まれ、白い壁がにぎやかな色で潤った。
お客様が帰られた後、静かになった空間の中で「やるんだな」と思った。
お店って自分の家みたい。
ちなみにここ、もともと家だしね。
これこそ『写真家』なんじゃないだろうか。
ただいま工事中
何もないギャラリーがすっかり片付いている。
さっきまであんなに荷物があったのに。
小さなスピーカーから阿部海太郎さんの曲が流れている。
1階では工事の大きな音。
2つの音を聞きながら、ウトウトとギャラリーでブログを書く。
ほんとに夢じゃないんだろうか、4月30日にはオープンしているんだろうかと確かめるように。
この小さなお店を作るのに、たくさんの人が携わってくださった。
空間をデザインしてくれたAさんMさんを始め、現場を指揮してくださったSさん、全く関係ないのにペンキ塗りや掃除など進んで集まってくれた友人たちは数えきれないくらい。
「ありがとう」の言葉が持つ意味を超えてしまうくらい感謝してもしきれない。
人のつながりは、モノや空間を超えて、見えないものを沢山生んでいくことを改めて感じた。
ぷ〜んと木のいい香りがする。
明日、誰もいないときにギャラリーに花を添えて、この空気をみんなへのプレゼントに変えようかなと思っている。さて、どんな変化を起こそうかな。
ペンキ塗り3日目
毎日10人前後の友人らがペンキを塗りにきてくれる。
お店をつくることを自分のことのように真剣に、大切に思ってくれて、その時間を楽しんでくれている。自分だったら...と思うと頭が上がらないくらい、友人には尊敬の気持ちでいっぱいだ。
友人のおかげで、お店づくりが捗るどころか、思いが深まり心地よい思い出にかわる。
そしてムラムラな私の下塗りが、友人に上塗りされてスベスベにかわる。
初顔合わせ
オーナーが来た。
「いよいよか」とつぶやかれた。どんな思いなんだろうか。
その夜、アルバスをデザインしてくれたデザイナーのAさんとオーナーが初顔合わせ。
新しい出会いを見るとその瞬間を捉えたくなる。
始まりや初めては、希望や期待に満ちあふれているからなんだろうか。
これからいろんな出会いが増えるだろうなと思うと、なんだかわくわくしてきた。
今日からペンキ塗り
今日からペンキ塗りが始まる。
10人の人が手伝いにきてくれるみたい。
きっと今日のこともいつか思い出し笑いできるように、心にとどめておきたいなと思う。
造園やさんと買い出し
造園やさんが来る。大きな木が植えたいと依頼。
『「大きな木」の下に人が集まって、家ができ、町ができ、都市ができるようになったんよね。木って大事よね』という話しを一ヶ月前くらいにめぐみさんと話した。
そこから「大きな木」を庭に植えることになり、予算も無い中、造園やさん登場。
想定されていた木より倍以上背が高い木を要求。
予算が無いくせに大丈夫なのかと(自分に)思いつつ、大事なところにはやはり外せない。(結局そうやって全てに妥協できないんだけど)
その後、工事追い込みの現場を後に買い出しへ。
だんだんリアルになりつつある仕事に対し、まだまだ違和感を感じながらもレセプションの商材を購入。ソネスは3店舗目。心強い。
そういえば、最近誰かが言ってたな。「いろんな人と関わってやる方が絶対面白いよ。」
これってほんとに大変なことなんだけど、うまく心つながったときの喜びって何にも変えられない幸福なんですよね。そうなれるかどうかも、他者ではなく自分の責任。
そして何よりも他者への感謝の気持ち。
逃げ出したい気持ち
体調が思ったより良くない。いろんな緊張と責任が身体を襲う。逃げ出したい気持ちが睡眠という形で現れる。寝よう。とにかく眠い。
起きたらいつもの自分に戻れるだろうか。
始まったらもっと強い自分になれるだろうか。
取材
大好きなライターTさんが、取材してくれた。
改めて読むと私の表現にあいまいな含みが多く、自分から発する言葉にまだまだ自信を持ててないのがわかる。
でもそんな今をひとまず記念に載せておこう。
それにしてもこのタイトル、自分ならつけられない。
やはり取材は人にしてもらうべきだ。
—
『写真の力』
写真ができること
例えば子ども時代の幸せな写真が1枚でも残っていたらきっとその人の心に良い影響を与えるのではないかと、酒井咲帆さんは語る。
「写真1枚あれば、その中に流れる時間が蘇ってくる。そこにいない人の話で盛り上がったり、映っている風景で世代を超えた人とも共通の話題ができたりする。誰かや何かにつながったりふくらんだり、写真にはいろんな力がある。」
表現のための道具はカメラで、いわゆる撮影を仕事にもしているプロのカメラマンだが、酒井さんが創りたいのは紙に焼かれた写真ではなく、伝えたい残したいシーンそのもの。スタジオでしっかり照明を当てて撮影された家族写真も素敵だけれど、できればその家族の普段の生活の中に流れるありのままの姿も撮影してみたいと言う。そこに流れる時間がより濃密で、語られる内容が多いことに心が赴くのだろう。
子どもと大人とつなぐ
子どもの豊かな感受性を引き出すためにどのような「不思議のタネ」をまくか。酒井さんは行事の撮影を頼まれていた保育園で、ある仕掛けをして子どもたちの反応や様子を記録し、それを園以外の人にも伝えている。
「つちのかみさま、たびにでた。」はその記録の一部。子どもたちがいつものように園庭で遊んでいると、土でできた不思議な人形が現れる!「これなんだ?」子どもたちが話し合った結果、名づけられた「つちのかみさま」。毎日欠かさずお供え物をして仲良く遊んでいたところ、ある日突然、「つちのかみさま」がいなくなります。すると保育園に手紙が届いて…。
そこには子どもたちのきらきらした眼差しや、大人顔負けの会話。予想外の行動や思いやりが、そのまま封じ込められている。彼女の写真活動には、カメラマンと被写体という関係ではなく、その場に自分がいてお互いに寄り添い、関わりあっていることが感じられる。
「子ども時代を過ごさない人はいない。私自身、思い出豊かな子ども時代があるからこそ今の自分がいる。そして大人時代を生きようとしている私は、今子ども時代を生きている人たちに何ができるんだろうって考える。興味のある方向に一緒に歩いたり、何となく手を差し伸べたり。大人と子どもが交わる場がもっとあってもいいんじゃないかと思います。お互い様が生まれる場を。そして大人も子ども時代のことをもっと思い出せる場が必要なのではないかと思います。」
子どもたちがいつかおじいちゃんおばあちゃんになって、孫に自分の写真を見せるときどんな話しをするだろう。1枚の写真からそういう場が沢山生まれてほしいと語る、酒井さん。残す・伝える・つなぐメディアとして、写真の可能性をもっと広げていきたいと話してくれた。(取材・文/田中美佳)